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また舞台にはだれもいない。袖からマイケルの声。 反対の袖からアグネスの声が答えます。着替え途中のマイケルがモーニングのハンガーを持ってやってきます。また一幕の時と同じように喧嘩?と思いきや、ちょっと違う・・・でも明らかにマイケルはいらだっているようです。 M16「花嫁の父」 今日は娘の結婚式だったのです。いっちょうらのズボンすら「くそズボン」と言ってしまうマイケルの心境は複雑です。娘が選んだのは自分のような立派な一流の(?)男でなく、間抜けな男だったとぶつぶつ言いながら着替えています。結婚式を下らない儀式と言い、花婿の家族を猿に似ているとまで。しかも払いまでこちら持ちとは。 う〜ん、でも〜、もしかしたらアグネスの父親が、マイケルとアグネスの結婚式の朝にこれと同じ歌を歌っていたかもしれないと、マイケルは思ったことがあるのかな〜。 支度を整えたアグネスがちょっと涙ぐんでいます。大丈夫かとマイケルに聞かれて「大丈夫よ、今日はあたしの人生最良の日だもの」う〜、私ももらい泣きしそう・・・ 教会での結婚式のシーン。舞台奥中央に、マイケルとアグネスの結婚式の時にあったものと同じステンドグラスが、美しく浮かび上がります。舞台には二人しかいないはずなのに、まるで彼らの向いている方向に、花嫁と花婿の後ろ姿が見えるようです。 式が終わり、どうやら新郎新婦が車に乗っていくのを見送るようです。2階や3階から見るとわかりますが、床に木漏れ日のような照明があたって、本当に外にいるような感じ。紙吹雪が舞う中、娘の車を見送るマイケルとアグネス。客席に向かう形で、車が見えなくなるまで手を振る二人。そのせいか、まるで観客の私達が手を振って見送られているような、そうして二人を置いていくような錯覚にとらわれて切なくなりました。身に覚えのある人はたまらなかったのではないでしょうか。そうでなくても、残される両親の姿に対面して私もぐっときました。 新婚の日にパジャマでダンスをしたり、倦怠期に激しく喧嘩して家出しかけたり、子供達がいつか結婚したら…なんてサックスを演奏していた二人が、いつの間にか立派な花嫁のお父さんとお母さんになっていたんですね。このシーンは、村井さんと春風さんがきちんと「親」としての彼らを演じ切れていないと、表面だけの薄っぺらなシーンに見えてしまいそうですが、娘を見送るお二人を見ていて本当に「親の顔」に見えました。 「子供達が結婚したら」を歌う二人。「これから自由になれる…」美しいけれどとても寂しい歌に聞こえます。同じメロディなのに、演奏の仕方や歌い方でこんなにも変わるのですね。村井さんと春風さんのデュエットが美しく、切なく心に響きます。舞台としても非常に大事なところですが、とても印象に残る好きなシーンです。
結婚式が終わって家に帰る二人。 M17「女ってなに?」 家を守り子供を育てあげ、その子供も巣立ったあと夫とも心が通じ合わなくなったとしたら・・・大人になれば色々なものを失ってしまうけれど、だからこそ女には恋が必要。ああ、なんて重い歌(>_<)。世の女性の多くが、思いっきりうなずいているのが見えるよう。 自立する決心を固めたアグネスがマイケルに言います。 仕事を持ち、「自分」というものを持って生きていく夫に対して、自分にはこれだけしかないというアグネス。彼女の絶望感と焦りをこんなにも端的にセリフに表せるなんてすごいと思いました。夫をもはや愛していないと気づいてしまったからには、一緒にいることはできないとマイケルに告げます。 アグネスには気になる若い詩人がいました。その詩人のことでお互い気持ちをぶつけあう二人。 二人に必要だったのは、お互いにじっくり話し合うことだったのですね。アグネスにとって、このマイケルの言葉がどんなに嬉しかったことか。泣き笑いするアグネス。春風さんうまい。マイケルが、気落ちしているアグネスの為に用意したプレゼントをあけて見せてくれます。 彼が読みたかった本、彼が好きなチョコレート(でもアグネスも好きなもの)、そしてアグネスの為だけに「お守り」として、二人の名前と子供達の名前を彫ったブレスレット。あいているところは何千人の孫達の名前のためにとってあるのだと。 M18「誰かが私を求めてる」 「私は泣きながら笑って祝う。今日という日を」 あなたと二人なら、なんて人生は生き生きと晴れやかなものかと、ダンスをする二人。舞台の上から一斉に色とりどりのリボンが下がります。一幕の結婚式の時のようです。そう、このシーンは結婚式と同じくらい大きな意味があるのです。離れかけていた二人の心が、今わかりあってより深く結ばれたのですから。お二人が淡々と大人のお芝居をされるので、見る度にどんどん好きになっていったシーンです。気のせいか、村井さんの目にも光るものがあったような…。 |
M19「リボンを巻こう」 部屋の中をかたづける二人。 この歌、あとかたづけをしながら未来に夢をはせる歌なのですが、とても意味深だと思います。歌詞の内容が前向きなのに、とても寂しそうに聞こえませんか?短調ではなく長調の歌にもかかわらず、不思議とこの歌を聞くと寂しくなるのです。 もしかしたら、今までの人生では物を出したり広げたりして散らかしていた彼らだったけれど、もうそろそろかたづけにはいる時期みたいな意味なのかなと思ったら、なんとなく腑に落ちました。悲しげなメロディーもそういうことだったのかも。もちろん幸せな未来は信じていいけれど、彼らはどんどん年をとっていきます。人生の最後のステージを迎える歌なのかもしれません。
「リボンを巻こう」のインストゥルメンタルの中、舞台の両端にドレッサーが現れ、上手に村井さん、下手に春風さんが座り、照明を落とした薄暗い中で、客席に向かってメイクをします。シワを書き、村井さんは口ひげを白いものに付け替え、眉に眉墨ならぬ白い染め粉をつけ、眼鏡をかけ、白髪のカツラをかぶり、観客の前でどんどん年老いていく二人。舞台中央に立ち、照明が明るく照らすと・・・そこにはさっきまでの面影はどこへやら、すっかり年をとって80才くらいになったマイケルとアグネスがいました。場内からはひときわ大きな拍手がおこります。 この「老人メイク」のシーンは秀逸だと思います。わざと観客にメイクをするところを見せて「芝居を作っています」と種明かしいるのに、芝居の流れを壊さない不思議な力があります(ブレヒトもびっくり?)。もしかしたら、「老い」とは厳粛なものだと観客は肌で感じているのかもしれません。だから皆、興味と畏敬の念をこめてこの「老いる」という厳粛な儀式を見つめているのでしょう。私は、彼らの約20年の歳月がこのシーンにつまっているのだとか、芝居でこれほどリアルなものを見せられるなんてとか、いろいろ考えさせられて切なくて泣けてきました。重いシーンです。 足腰の曲がったおばあちゃん、おじいちゃんの演技がうまい春風さんと村井さん。しゃべり方もすっかり老人してます。今日は引越しの日です。もう二人には広すぎると、長年住みなれた家を離れることにしたのです。 今度ここに住む若い夫婦をびっくりさせてやりたいと、例の「神は愛なり」のピンクのハート形の枕をベッドカバーの下に隠そうとするアグネスですが、マイケルはいやだと言ってやめさせようとします。「地下室にワインでも残ってないかしら」とマイケルを地下室に行かせて、その間に枕を隠すアグネス。その動きの素早さに思わず笑ってしまいます(^_^)。娘の結婚式の時の残りのワインのビンを見つけて戻ってきたマイケルは、今これを飲みたいと言いますが、アパートの守衛さんには第一印象をよくしておかないと、とアグネスは困惑します。 「かまうもんか、あの偉そうな男の鼻先でこう言ってやるよ。『よう、ハー、ハー』って」(と息をはきかける真似をするマイケル)。アグネスがじっとマイケルを見つめながら、観客に見えるように、客席側の手で静かに愛おしそうにマイケルの頬を撫でます。新婚の日にシャンペンをたくさん飲んだあと、息をかがせてとせがんだことを思いだしているのでしょう。なんかもう、たまりませんね…(>_<)。 ワインを飲むためにアグネスがコップを取りに行っている間、マイケルがハート形の枕を見つけてしまいます。 なんとかアグネスを押しとどめるマイケル。女としてはアグネスの気持ちがとてもわかるのですが、男の人はあの枕や、あの枕を良しとする女性の気持ちをあまり好ましいと思わないようで。「世界最大の組合が・・」と言う村井さんの言い方や仕草が楽しいです(^_^)。 M20「この家」 長年住んだ家の思い出をたどり、ベッド手前の物入れの上に並んで座り二人でデュエット。 荷物のつまったスーツケースがきちんとしまらないからと、二人で一緒にスーツケースに座って鍵をかけようと提案するマイケル。ところがアグネスがうまく鍵をかけられなかったので、もういっぺんやり直し。こんなことの一つ一つが、たまらなく愛おしいマイケルおじいちゃんとアグネスおばあちゃん。 やっと鍵がかかって、スーツケースに並んで座ってまた「この家」をデュエット。 ラストの枕をめぐるバトルと折れるマイケル、しかもワインのおまけつき…このシーンは実は、この舞台の全てが詰まっているように思いました。意地の張り合い、でも最後はマイケルがわかってくれる。アグネスが想像する以上のものを返してくれる。 結婚式の時にしたように、マイケルがアグネスをお姫様だっこして、しずかにしっかりと歩いて部屋を出ていきます。そう、これは新しい旅立ちなのです。
場内、嵐のような拍手! ♪
子供達が結婚して二人きりになった時、マイケルがアグネスにプレゼントした、心のこもったあの「お守り」・・・もしかしたら、名前が彫り切れないほどたくさん孫やひ孫が生まれたのかもしれませんね。孫やひ孫に囲まれて「この家」を歌う二人の姿が目に浮かんできます。 どうか、本当に末永くお幸せに。長生きしてね、マイケル、アグネス!!
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